September 2011
12 posts
"Don't be evil" はなぜ重要か
マーケティングは他者(顧客)の欲望を理解し満たす方法を考えることである。そのためには他者の視点に立たなければならない。言うは易し。本当に難しい。
本当の意味で他者の視点に立つことができたとき、私たちは大きな力を得る。「自分がこう動けば、他者(顧客)はこう動く」ということが手に取るように理解できるようになるからだ。
すべての力がそうであるように、この力は善にも悪にも使用しうる。われわれはこの力を善きものに使うべきだ。悪に使用するのは、道徳に反するだけでなく、長くは続かずいずれは滅びることになるという意味でよろしくない。
他者の心理を読み切って、その行動へ与える効果を期待しつつ行動するのは、ある種の「あざとさ」を生む。他者に行動を操作されたいと願う人は多くはないので、こういう「賢すぎる」存在に対して人々は警戒心を抱く。相手が心を閉ざしてしまえば、自分の期待する効果を得るのは難しい。
...
ブランディングの本質は一貫性にある
ブラディングという言葉がある。ブランドを作ることだ。
たとえば牛丼の吉野家。「安い・早い・便利」を地で行く外食チェーンである。吉野家がどういうものであるかは、一度行ったことのある人なら簡単に理解できる。私たちがどういう場面で吉野家を利用するかもはっきりしている。時間はあまりないが腹が減っていてあまりカネを掛けずに食欲を満たしたいときだ。だが、異性と初めてデートするときには、決して行かない。
吉野家はキャラが立っている。つまりそれがどのように利用されるのか、誰もが明確にイメージすることができて、特定の場面では常に問題解決の選択肢として頭に思い浮かぶ。これがブランドだ。
買い手から見れば当然のことだが、売り手の立場からはこれは容易なことではない。売り手は、売り手の立場で世界を見る。自分にはこれもできる、あれもできる、と考える。そしてそれをすべて商売の中で表現してしまう。
...
マーケティングとは自己中心性を乗り越える試みだ
マーケティングに関する理論は多い。だが小難しい話を理解するまえに、まずは心構えが大切だ。
マーケティングとはなにか。一言でいえば売上を増やす仕組みである。会社の目的は、利益を伸ばすことで、「利益 = 売上 - 費用」だから費用を減らしても利益は増える。だが、マーケティングとは直接の関係はないといっていい。マーケティングは、顧客と直接向き合い、価値を提供し、その対価をいただく工夫である。
価値とはなにか。顧客の喜びを増やすか、苦しみを減らすことである。これを「顧客の欲望を満たすこと」と呼ぶことにしよう。
顧客の欲望を満たしたからといって、十分なカネがもらえるとは限らない。だが満たさなければカネはまったくもらえないだろう。カネをもらうためには、顧客の欲望を満たさなければならない。
では顧客の欲望を満たすためには、どうしたらいいか?それは顧客の欲望を理解しなければならない。
...
金持ちは徳のある人だ
他のすべての人たちと同様に、私もカネを稼ぐ必要がある。公務員になるつもりがない以上、他者から強制的にカネを吐き出させることはできない。何らかの価値を提供し、その対価として顧客からカネをいただくしかない。
私がフリーランスの技術者として働くときには、カネの心配は顧客がしてくれる。マーケターとしての顧客は、広く薄くカネを稼ぐ方法を考え、システムの仕様を決める。私は、技術的なアドバイスはするけれども、基本的に顧客がいうとおりにシステムを作るだけだ。私は提供した役務の対価として報酬をいただく。
ただ実際のところ顧客が求めているのはシステムではない。システムの向こう側にある(と顧客が信じるところの)売上なのだ。「顧客が求めているのはドリルではなく、穴だ」というわけだ。
...
広告の押し付けがましさについて
広告はマーケティングの必須アイテムである。これ無しにマーケティングはありえない。現代社会には広告があふれていて、それが時には人々のいらだちの原因となる。なぜ広告が人をいらだたせるのか?それは広告が往々にして押し付けがましい(intrusive)だからだ。
押し付けがましさの全くない広告というのはありうるだろうか?ありえないとは言わないがたぶん相当難しいだろう。広告は、積極的に商品に関するメッセージを送り出そうとしている。広告主は、商品についてすでによく知っている人より、むしろまだ商品について知らない人たちにそれを届けたい思うだろう。そうなると、人々の視野に割り込むように飛び込んで行くしかない。ときには、それが消費者にとって思いがけない幸せな出会いになることもあるが、ほとんどの場合、うっとうしいノイズでしかない。
...
ものまねのすすめ
私たちが何か新しいことを学習しようとするとき、最初にやるのは、まねてみる、ということである。書道の大家だって、最初に文字を覚えたときには、必ず、お手本をまねして書いたはずなのだ。
ものまねというと、何か悪いこと、軽蔑すべきものと考えられている節があるがとんでもない。最初はまねる以外に人間が何かを学ぶことは不可能である。
ただし「パクリ」はよくない。ものまねとパクリの違いは、そこに本人の思考が関与するかどうかにある。ものまねするひとは、考えている。どうしてこうなるのだろうか?どうすればもっとうまくやれるだろうか?と。パクリは違う。結果だけを求めている。どういう過程を経てそこに到達するのかはどうでもいい。試験のカンニングみたいなものである。
...
私はなぜ金儲けが嫌いなのか
私は正直なところ、この3年間あまり営業的な実績を出せていない。
他の人たちが私のことをどう思っているのか知らないが、貯金は確実に減って来ている。
まったく仕事をしていないわけじゃないんだが、やるたびに嫌な気分になって長続きしない。顧客のせいにするのは簡単だが、そういう顧客を選んだのは私自身だし、プロとしては自分自身に責任を感じるべきだろう。
私はカネが嫌いだろうか?別にカネ自体が嫌いなわけではない(カネが嫌いで嫌いで、絶えずゴミとして捨てているような人たちはそんなに多くはないだろう)。金儲けが嫌いなのだろうか?うーん、どうだろうか?そこらへんを今日はしつこく考えてみる。
...
やるかやらないかやりたいのか
hkmurakami:
「やる」 「やりたい」 この二つの言葉は使う人の内面をあらわしていると思う。 この数年間で僕は何人もの「~~ををしたい」、と口にする人たちと出会った。当時、たぶんこの人は結局何もしないんだろうな~、と思ったものだが、やはり行動を起こしていない人が大半だ。反面、「~~をする」、と言い切っていた知り合いはなんだかんだで目標に向かって着実に前進している。 この決意があるかないかが僕らの人生の分かれ目だ。僕らは才能や潜在能力の面では正直他の人と大差ない。最も大きな違いは目標に対する覚悟と信念だ。
Read More
TL Factor
hkmurakami:
I have often wondered what keeps me coming back to TL.net.
Read More
シリコンバレー精神
シリコンバレーで長年事業を営んでいらっしゃる磯松さんと Mountain View ダウンタウンの Castro 通りで会食。北米体験を共有して、話が弾みに弾んだ。実は話が楽しすぎて具体的内容を良く覚えていないw
磯松さんは20年前にネバダ州立大学のコンピューターサイエンス学科を卒業し、シリコンバレーで就職。ずっとクレジットカードの決済システム関係のお仕事をされてきた。数年前からはある米国企業のCEOを務める。偉い方なのに偉ぶらず、とても感じのよい方だった。
...
1 tag
9.11 新宿・原発やめろデモ!!!!!: デモの詳細!!!!!!! →
911shinjuku:
2011.9.11(日)
・2:00 新宿駅東口・アルタ前集合 ・3:11 原発やめろデモ!!!!!出発~アルタ前でゴール ・デモ終了後、原発やめろ広場(アルタ前)出現
*画像をクリックで拡大
9.11 新宿・原発やめろデモ!!!!!
※各ブロックの詳しい紹介はこちら
■KILL THE TEPCO Bloc!!!!! FORWARD ELESICK CHEERIO ねたのよい つちっくれ パンクロッカー労働組合
■DANCE Bloc!!!!! 出演者第一弾発表!!!! 【DJ】
August 2011
15 posts
Palo Alto の夜
今晩は Palo Alto で夕食。Palo Alto といえば GUI ・Smalltalk ・イーサネットなど今日の IT に多大な貢献をしたゼロックスの研究所があるところ。それだけで興奮して鼻血が出そうだ(完全にお上りさん状態であるw)。
Palo Alto にはスタンフォード大学があるのだ。12年前、カルトレインの Palo Alto 駅から歩いてキャンパスを訪れたかすかな記憶が…。今日は道に迷ってキャンパスの中を車で走ったが、相変わらず美しいところだった。
今日は夕食を共にしたのは、日本人の親をもつが、米国で生まれたり小さいころから米国に育つなどして英語が完璧な若い人たち。日本語もできるのだが、私の英語の練習ということで、英語で会話。久しぶりのノリで楽しかったけど、ネイティブスピーカー同士の早い会話は、やはり完全には聞き取れない。
...