ブラディングという言葉がある。ブランドを作ることだ。
たとえば牛丼の吉野家。「安い・早い・便利」を地で行く外食チェーンである。吉野家がどういうものであるかは、一度行ったことのある人なら簡単に理解できる。私たちがどういう場面で吉野家を利用するかもはっきりしている。時間はあまりないが腹が減っていてあまりカネを掛けずに食欲を満たしたいときだ。だが、異性と初めてデートするときには、決して行かない。
吉野家はキャラが立っている。つまりそれがどのように利用されるのか、誰もが明確にイメージすることができて、特定の場面では常に問題解決の選択肢として頭に思い浮かぶ。これがブランドだ。
買い手から見れば当然のことだが、売り手の立場からはこれは容易なことではない。売り手は、売り手の立場で世界を見る。自分にはこれもできる、あれもできる、と考える。そしてそれをすべて商売の中で表現してしまう。
たとえば吉野家が、400円弱の牛丼を売る一方で、1000円で高級なイタリア料理のデザートを売ったらどうだろうか?そのデザートが1000円の価値のあるおいしいものだとしても、顧客は居心地の悪さを覚えるだろう。「いったいここは何の店なのだ?」といぶかしがるだろう。顧客は、利用するサービスがわかりやすいものであってほしいのだ。単純明快だからこそ、問題解決のツールとして、彼らの心の中におさまるのだ。
「あれもこれも」と売るものの手を広げたくなるのは、売り手のごく自然なエゴだ(特に製造部門はこういう思考に陥りやすい)。だがその気持ちはあえて押えこまなければならない。顧客は売り手がどんな存在なのか少しも気に掛けていない。彼らは自分の抱えている問題を解決したいだけなのだ。私たちは、売り手の立場のときは、顧客の問題解決における(つまらない一つの)道具にすぎないのだ。自己中心性は克服しなければならない。
ブランディングの本質は一貫性にある。人の心にすっと収まるような自然なストーリーが必要なのだ。それは単純なメッセージのはずだ。