以下は自分自身への自戒を込めて書きたい。
評論家とマーケターは対照的ポジションに立つ。
評論家にとって重要なのは、未来がどうなるか予測することである。
一方マーケターにとっては、重要なのは、顧客の欲望を満たし、売上を立てることだ。そして、意外に思うかもしれないが、未来も関係ない。重要なのは、現在だけだ。
理由は簡単である。欲望はいまこのときに発生するのであり、未来に発生するわけではないからだ。未来の欲望に見えるものがあるとしても、それは所詮、未来の予測にすぎないのであり、実在するものではない。実在するのはいま目の前にある欲望だけだ。結局、欲望とは、生きることそのものであり、私たちが生きているのは、過去でも未来でもなく、いまこのときだからだ。
たとえば、私は、書籍は遠くない将来すべて無料になるだろうと考えている。音楽がそうなりつつあるように。書籍はまもなく電子化する。デジタル情報のコピーにはコストが掛からない以上、すべてのデジタル情報が無料にならざるを得ないからだ。
それでも、いま書籍を売ることは間違っていない。なぜなら、私たちはいまだに有料の書籍がある現在を生きているのであるからだ。そして、書籍は確かに顧客によって欲されている。ならば、それを売ればよいだけだ。
たとえスティーブ・ジョブズのようなカリスマでも、彼が30年前に作った Apple II をいま売ろうとしても売れないだろう(骨董品としてなら別かもしれないが)。だが、30年前なら売れた。同様に、いま飛ぶように売れている iPhone だって10年後には全く売れないだろう。それでいいのだ。欲望というのは常に現在のものであるから。
現代は社会が急激に変化し続ける時代だ。いま有効なビジネスは10年後には確実に時代遅れになる。だがおそれる必要はない。10年後に同じものは売れないだろうが、人々が生きるかぎり、欲望は必ず存在しつづけ、何か他のものが売れるからだ。だから、売ることで生き残ろうと考えているなら、未来を予測しようするのはむしろ有害だ。新しい時代の新しい欲望の形に先入観を持ってしまうからだ。新しい時代に素早く適応し、自分自身を変化させられる柔軟性こそが重要なのだ。
評論家であることに人道的な問題があるわけではない。だがビジネスをしたいなら、マーケターの心構えを持つべきだ。未来を予測するな。現在を凝視せよ。そこにこそビジネスの種が見つかるはずだ。