今晩は Palo Alto で夕食。Palo Alto といえば GUI ・Smalltalk ・イーサネットなど今日の IT に多大な貢献をしたゼロックスの研究所があるところ。それだけで興奮して鼻血が出そうだ(完全にお上りさん状態であるw)。
Palo Alto にはスタンフォード大学があるのだ。12年前、カルトレインの Palo Alto 駅から歩いてキャンパスを訪れたかすかな記憶が…。今日は道に迷ってキャンパスの中を車で走ったが、相変わらず美しいところだった。
今日は夕食を共にしたのは、日本人の親をもつが、米国で生まれたり小さいころから米国に育つなどして英語が完璧な若い人たち。日本語もできるのだが、私の英語の練習ということで、英語で会話。久しぶりのノリで楽しかったけど、ネイティブスピーカー同士の早い会話は、やはり完全には聞き取れない。
彼らはみな米国の一流大学を卒業し各界のプロとして活躍中なのだが、やはり日本の政治経済の現状には強い不満を持っているようだ。米国でのびのびと育った人たちが夢をもって日本に行くとひどく幻滅して帰ってくる人たちが多いようだ。彼らより一回り年上の私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
本当は、彼らのように国際的視野をもち日英両方の言語に通じている人たちを日本はもっと生かして行くべきなんだけどね…。いまの日本の既得権益層の頑迷固陋はいかんともしがたい。
例えば、日本企業が英語を公用語化すれば、海外で育ったり学んだ、視野の広い日本人(日系人)の若者たちの力を活かせるかもしれない。そういう意味でも、日本の組織も多文化に対して開かれたものにするべきじゃないだろうか。
完璧な英語を話す若いアジア人たちと会話すると、なぜか中国系の人たちと話している錯覚にとらわれる。昔、カナダのトロントに住んでいた時、そういう若いアジア人はたいてい中国人(というか香港人)だったからだろう。私もそんな香港系カナダ人たちとときどき飯を食いに行ったものだ。
こういう若いバイリンガルたちを見ると私は複雑な気持ちにとらわれる。彼らは一人一人別々の背景を背負って、親の文化と育った文化の狭間にいる。その重い事実の受け止め方は人それぞれだ。昔、カナダにいたとき、その多様性に目を見張ったものだ。
個人的な話だが、私も日本の組織のやり方を一切拒否したまま、29歳のときカナダに渡り、カナダの組織運営がかなり気に入って、その多くを受容してしまったので、そういう意味では部分的にカナダ人なんだろう。私も日本と北米の文化の狭間で苦しむ帰国子女的な問題を抱えているのかもしれない。
明日は、早朝からサンフランシスコ市街へ向かう。